「無用の用(むようのよう)」で人生は好転する。

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「無用の用」ということわざをご存知でしょうか?
これは元々、老子の思想から由来しており、簡単に説明するなら「一見、無駄なように見えるものが重要な役割を果たしている。」ということです。
たとえば、車のハンドルにも「遊び」という無駄があります。アクセルとブレーキも「遊び」という無駄があります。このブログ記事自体にもたくさんの「余白」という無駄があります。「腹八分目」ってのもお腹の「余白」を大事にする考えです。
もしこの「遊び」や「余白」などの「無駄」がなかったらどうなってしまうでしょうか?
車のハンドルはガチガチになってしまい、少し動かすだけで曲がってしまい、大変なことになってしまいます。
アクセルとブレーキも遊びがなければ、踏む度に加速しまくったり、減速しまくったりして大変なことになってしまいます。
ブログ記事の余白がなければ、文字だらけで大変読みづらくなってしまうでしょう。
毎日腹一杯食べてたら、きっと健康を害してしまうでしょう。
このように、一見、「無駄」と思われるものも、きちんと役割を果たしているのです。
これは何も「物」だけでなく、「人間関係」や「組織」、その人の「性格」や「経験」なども当てはまります。
 
たとえば、直接お金を生み出す「営業」は、重要で花形に見えるかもしれませんが、全員が営業だけの組織では会社は成り立ちません。経理や事務などの補佐役も必要です。
また、「できる人」だけでも組織は成り立ちません。「できない人」もそれはそれで役割を果たしているのです。
私は野球が好きなので、よく野球で例えるのですが、昔、読売ジャイアンツがよく金に物を言わせて他球団の大物選手を引っ張ってきていました。
エース級のピッチャーだったり、球界を代表するようなホームランバッターだったり。
若い時は「うわー!すげーな!ドリームチームじゃん!」と興奮していました。
が、不思議と、ほとんどの選手が活躍しないんですね。
なぜだろう?と思っていましたが、「無用の用」の思想や、「陰陽理論」で納得しました。
彼らスター選手がなぜ移籍前は活躍できて、移籍後は活躍できないのか?
それは、活躍していた時は、「無駄」な役割を担ってくれる「陰」の存在がいてくれたからなのです。
「できる人」を生み出すには、「できない人」が必要だったのです。
ですから、一時期の読売ジャイアンツのように「できる人」「スター選手」ばかりを集めたら、必ずその中から、「できない人」の役割を担う人が出てきてしまうのです。
まさに「無用の用」です。
 
そして、人生にも「無用の用」ってあります。
たとえば、「下積み時代」ってのは、一見、無駄に見えます。合理的じゃありません。「なんでこんなことするんだ?」と思うことも多々あります。
嫌なこと、つらいことも人生にはあるでしょう。でも、後々考えると、それがきっかけで人生が好転することは、驚くに値しません。
ここに一つの例をあげましょう。
車やバイクの「ホンダ」の創業者で有名な本田宗一郎氏のお話です。
今でこそ、世界的な企業に発展したホンダですが、創業者本田宗一郎氏にも下積み時代もあったのです。
ある時、本田氏は、地元静岡から就職のために東京へ上京します。
はじめ本田氏は目を輝かせ、夢を抱いて上京したのです。
ところが、就職先の修理工場では、なんと最初の半年は「赤ちゃんの子守」しかさせてもらなかったそうです。
よく兄弟子たちにも馬鹿にされたそうです。
著書『本田宗一郎 夢を力に(本田宗一郎著書・日経ビジネス文庫)』では、その時のことをこう表現しています。
「私はデッチ小僧というものは最初はみんなこういうものなんだと観念し、歯を食いしばってがまんした。来る日も来る日も子守り、手に握らされたものは夢に見た修理道具のスパナではなく、ぞうきんだけだった。失望と情けなさに、私は何度、柳行李をまとめ、二階からロープを伝って逃げようと思ったことか。そのたびに故郷のおやじの怒る顔と、おふくろの泣く姿が目に浮かんで決意が鈍った。」
そうとう悔しい思いをしたようです。
ところが、その後、少しずつチャンスがめぐってきました。
最初、チャンスがきたときは「これは夢か!?」と、めっちゃルンルンで喜んだそうです。
その後の本田氏の成功は、言うまでもないでしょう。ご存知の通りです。
それから本田氏はこうつづっています。
「あとで考えると、やはりあのとき子守りで半年間がんばったことがよかったのだと思う。あのときの苦労と喜びを思い出せば、どんな苦しさでもけし飛んでしまう。長い目で見れば人生にはムダがない。」
まさに無駄に見えるものにも、重要な役割がある「無用の用」ですね。
一見、無駄と思える経験や出来事なども、もっというと、つらいことや嫌なことも、もしかしたら、重要な役割を担っているかもしれません。
失敗したっていいんです。恥かいたっていいんです。後できっとその無駄が役に立つ日が来ます。
世間はなにかと「合理的」に動くことが賢いという風潮があります。器用な人が得をするというような。
しかし、長い目で見た場合、本当にそれで幸せになれるでしょうか?
無駄を省きすぎて、忙しさに埋もれる人生でいいのでしょうか?
「無用の用」の思想は、あなたの今後の人生を考えるキッカケになるかもしれません。